活動報告
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1998年第1年次
第1年度の5月15日に品川区の黒木アトリエで開講された。研修会では1年次、基礎知識を有する者へのデザイン、2年次、彫金全般との計画が示された。
増田先生の東京美術学校時代の習作を始め、代表的な作品を前に70年間に制作され培われた作品制作の姿勢やデザインの考えをご教授いただいた。講義の内容を簡単であるがまとめた。
「作品は感動(ムーブマン)から生まれるものでなければならない。そして制作の基本姿勢として、まずデザインとは制作全体の計画であり、単に模様を考える図案とを混同してはならず、作品を通して訴えたいデザインは、作品が完成するまで貫かれたものでなければならない。造りたいので造る。即ち感動というファクターは日常生活において感性を高めるところからはじまる。美しい花はない。花の美しさは自身の内に見つけるものである。『美は向こう側にあるのでは無く、こちら側にある』という高村光太郎の言葉は〈感動〉の創作活動における重要性を表したものである。模様には抽象と具象があり、前者には作者の心象性が必須なものであり、それが感動を生み出す。後者にも心象性は必要であるが、写生が絶対条件となる。
模様制作は写生を通して自由に構成でき、対象を考え、構成、再構成し、作者の美意識や高度な制作技術を土台に造形的に纏める操作である。デザインが平面と立体の両者一体となって成立するのは身体と着物の如く、形と模様は一体でなければならない。工芸は形である。それは訴えるために決定する形と用途から決定する形の2つがある。その造形諸素として量感、面、動態、触覚があるが、それらはあらゆる角度から検討されなければならない。例えば量感とは面の容積や量の方向性を示す運動である。その均衡による調和と色彩のバランスを内包した統一的造形性となって美が生じる。更に実技としての手が働き、身体全体の触覚的要素が加味されて作品全体が構成されるのである。触覚的要素は時にデザインが生まれる母体である。素材の異なる陶器、染織、漆芸、金工等はそれぞれの特性に応じたデザインを生み出す。また各種の素材の特質の深い研究を心得たデザインでなければ、いいデザインとは言えない。素材は表現方法と技法の相関にあり、技術に走りすぎてもいけないが、新しい表現を必要とする時には大胆にも壊さなければならない。この様に、作品制作についてデザインに要する時間と製作に要する時間の割合はデザインの方が多くなる。」
初年度は伝統技術と新しい技術についての講義、蹴彫の実習であった。銀板2枚(970SV・20×20㎝)、純銀板1枚(10×10㎝蹴彫の銷分)、真鍮板1枚、鏨の株が支給され、各自蹴彫鏨5本、木鏨8本を制作する。各自が自由にデザインし、図案について増田先生にご指導いただく。地板に図案を書き、脂台に貼り付けて蹴彫の実習が始まった。70年の長きに亘ってのご経験から、蹴彫の銅板の厚みは0.42㎜が最適であり、それが0.01㎜厚くてもう薄くてもやりづらいとのお話であった。デザインの講義
道具の講義
下絵の指導
鏨の制作実習
地板に下絵複写実習
蹴彫の実習
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1999年第2年次
第2年次も初年度と同じく黒木アトリエでの開講となった。毎日午前中は初年度の総まとめの講義、彫金の伝承技術と創造についての講義で、午後からは初年度の続きの彫りの実習であった。更に切り鏨で鏨透かしの実習が加わった。
「彫金で最も大切なのは鏨である。総ての技術をいつも使う訳ではないが、各自が鏨を制作し、使い方を会得するのには5年位はかかるとみる。そこから独創の世界に進むには、独創の技術が伴わなければいけない。独創の技術は伝統の技術を極める事が必要である。その土台があって独創が生まれるのである。伝統は因習ではない。伝統芸術(技術)は肯定しつつ受け継ぎ、否定しつつ新風を送り込むことの繰り返しである。そして素材を生かし、技術を隠してこそ表現の真髄が生まれるのである。金属の柔らかい表現をするには薄い素材が良い。薄さは素材によって変わる。例えば純度970の銀は0.42㎜厚、日本真鍮は0.42~0.45㎜厚が適当である。厚さや純度はテストによって適当なものを決定する。」
7月4日、場所は台東区上野公園の東京芸術大学彫金研究室へと移り、鍍金の実習が研究室内にある金銷室で行われた。増田先生の道具は手造りのものが多く、水銀が上がらない様に鉄棒に銅棒をロウ付けされたり、銅棒に糸を巻いて漆を塗った、工夫が凝らされたヘラなどを見せていただいた。最後に受講生らの作品の写真撮影、研修会の感想と感謝を増田先生に述べて2ヵ年にわたる研修会が終了した。鏨透(たがねすかし)の実習
金銷の実習
研修作品の額装
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全体総括
増田先生の研修会は初年度、次年度も1つの主旨で貫かれたものであった。「研修会として技術を伝承するのではなく、総てのもののデザインを最重要とする。そのデザインをどの様に考えるか、考え方を伝える事が伝承である。」それは70年の長きにわたって貫かれた創作活動の根幹ではなかろうか。彫金は鏨が使えなければ仕事にはならないが、修練を積めば誰でも技術は修得出来るものである。技術よりまず先に、増田先生が我々にお伝えになりたい永年の思いを御教授いただき、先生のお人柄に触れる機会に恵まれた素晴らしい研修会であった。
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毎年各部会で重要無形文化財保持者による伝承者養成研修会が行われています。金工部門では平成10年、11年度の2回、それぞれ6月に合計10回にわたり彫金の増田三男先生による研修会が開催されました。
参加者は東京在住の作家5名、聴講生2名が選ばれ品川区の黒木アトリエにて開催されました。主たる内容は、蹴り彫り、裏打ちだしとタガネによる透し彫り、金銷技法などです。
第1年目はまず講義から始まりました。金工作品の制作に当たってのデザイニングの講習から始まり、先生の東京美術学校時代の習作を初め、70年近くの代表的な作品のご説明をいただき、制作技法と特徴についてご教授を受けました。ここでは特に作品制作の姿勢やデザインの背景を大切にすることの重要性について指摘されました。実習は2年目ということで必要な工具、材料が提供され初年度の講習は無事終了。
今年は昨年の講義をもとに実習を行いました。日頃の作業に準じたテーマであったのですが、それぞれの技法についても増田先生ご自身で工夫された、いわば秘伝といった技法もご披露頂き、参加者一同大変感謝しました。詳しくは同席の桂盛仁氏の、前記報告の通りです。
執筆者:桂 盛仁(金工部会)
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