活動報告
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2020年11月16日(月)1日目
中川先生から、金属象嵌発祥の地・アナトリア(トルコ)の象嵌をはじめ世界の象嵌や、日本での地域によって異なる象嵌についてのお話がある。それぞれの技法やそれにかかわる道具の違いなど、先生がお持ちのサンプル等を見ながら金属象嵌についての説明を受ける。研修生たちは、中川先生が長年調査に訪れていたトルコでの話や、先生の経歴・携わって来られた仕事の話等に熱心に耳を傾けていた。
次に、2年に渡る今回の研修の流れ、課題の説明を受ける。鋳物の花器に金・銀・赤銅・四分一を象嵌し、煮色着色にて仕上げる。実際に象嵌を施す胎は先生がデザインした鋳物の花器で、各々が面象嵌と線象嵌を取り入れた模様デザインを考える。1年次は道具製作と象嵌の練習、模様デザインの決定までとし、その後各自制作を進め、2年次は象嵌や研磨を経て着色完成を目標とする。
午後より道具製作に入る。今回の研修では鏨、お多福鎚、キサゲを製作するが、鏨は、直線・曲線の線彫り鏨2本(各0.6ミリ幅)、面はつり用鏨2本(2ミリ、4ミリ幅)、アリ溝鏨4本(直線用、曲線用各大・小)、打ち込み用鏨2本(1.5ミリ、3ミリ径)を基本とし、それぞれのデザインに合わせて作り足す。
象嵌で使用する線や面を彫る鏨についての製作方法や、焼き入れ・焼き戻しの方法を先生の実演を交えながら説明を受け、線彫り鏨、面はつり用鏨から製作を始めた。先生の行う「自己戻し法」という鏨の焼き入れ・焼き戻し法はコツがつかみにくく経験を要する作業であるが、研修生達は戸惑いながらも懸命に取り組んでいた。 -
2020年11月17日(火)2日目
面はつり用鏨の製作実習の続きから始める。ある程度の人数が面はつり用鏨の製作が終わったところで、先生よりアリ溝を立てる際の注意点やポイント、紋金を打ち込む際に使用する鏨についての説明を受ける。その後、アリ溝鏨、打ち込み用鏨の製作に取り掛かり、鏨が全て揃った後、鏨を砥石で正確に研ぐ作業に入る。
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2020年11月18日(水)3日目
先生より、お多福鎚、キサゲについての製作方法、製作時のポイント、使用方法の説明を受け製作に取り掛かる。本来は、お多福鎚・キサゲ共に何本も所有し作業によって使い分けるが、今回は比較的よく使うお多福鎚(5分)とキサゲそれぞれ1本ずつを製作した。
道具をすべて作り終えた研修生から象嵌の練習に取り掛かる。はじめは直線の線彫り鏨を使い、直線を彫って銅線を象嵌する練習から始める。 -
2020年11月19日(木)4日目
先生より脂について、材料の配合・使用時の注意点の説明を受け、すでに完成している脂を溶かし、課題で使用する鋳物の胎に流し入れる。胎の口が狭く脂を流しにくいため、カレンダーなどのしっかりした光沢紙を漏斗のように丸めて口に差し込み流し入れた。高温になる脂は非常に危険なため、慎重に作業を行った。この後脂が冷めるまで作品は一旦放置となる。
次に、練習手板の製作に取り掛かる。2ミリ厚の真鍮板に、課題となる円・直線・曲線を使った図をケガキ針で描き直線から彫りだし銅線を象嵌する。 -
2020年11月20日(金)5日目
引き続き練習手板の製作を進める。曲線部分を彫り銅線の象嵌を終えたら、円の4分の1部分に四分一を面象嵌する。1.2ミリ厚の四分一の板を面で嵌め、手板表面から出っ張った部分にやすりをかける。その後、四分一と隣接している部分に1ミリ厚の銀の板を重ね象嵌し、同じようにやすりがけをする。
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2020年11月21日(土)6日目
象嵌をすべて終えたら手板全体にやすりをかけ、練習手板を完成させる。その後、各自考えてきた花器のデザインを個別に先生と相談しデザインを決定。デザインが決定した研修生から、各自花器にケガキ針等でデザインを写して実際の象嵌作業に備えたところで1年次が終了となった。
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第1年次終了
研修生の中には普段から彫金にかかわっている者もいたが、やはり地域によって道具の形や使い方が違うようで、所々で苦戦している様子も見られた。また、デザイン決めも研修生にとってとても勉強になったのではないかと思う。中川先生と研修生とで何度もやり取りを繰り返し、徐々にデザインが面白くなっていく様子は傍で見ていても刺激的であり、作品の完成が待ち遠しく感じた。
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2021年11月15日(月)1日目
中川先生と各自、デザインを見ながら作業手順、紋金の板厚などをチェックした後、作業に取り掛かる。慣れない中、硬い四分一の紋金を花器の曲面に合わせて面象嵌を施すのは非常に困難で、みな苦戦しながら作業を行っていた。
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2021年11月16(火)~17日(水)2~3日目
両日ともひたすら象嵌作業を進めていく。紋金を嵌めてはやすりをかけ、また次の部分の面象嵌に取り組むの繰り返しで大変だった。期間中、研修時間としては9時~18時であったが、実際は皆朝早くから来房し夜遅くまで残り、頑張って作業に取り組んでいた。
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2021年11月18日(木)4日目
象嵌がすべて終わった研修生から研磨の作業に取り掛かり、順次脂を抜く。鉄鋼やすりで大きな傷や余分な紋金をやすり取り、耐水ペーパーの240番から徐々に番手を上げ1500番まで研磨する。光に作品を当てながら取り残した傷がないかをよくチェックする。
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2021年11月19日(金)5日目
研磨が終わった研修生からいよいよ着色の作業へと取り掛かる。1500番まで磨いた作品を、カーボランダム(研磨剤)で鏡面になるまで磨きながら表面を脱脂。次に大根おろしで作品を洗い、60°Cの着色液につけ15分ほど煮込み、一旦作品を取り出して様子を見る。この作業を3~4回繰り返し、良い色に落ち着いたところで着色液での煮込みを終える。その後、別の鍋に用意した水の中に作品を浸し15分ほど作品を火にかけ、作品表面に残った薬品を洗い流して完成となる。1500番で磨き完璧だと思っていても、カーボランダムをかけると取り切れていなかった傷が出てきたりして、皆、研磨作業に苦戦していた。その際は、桐炭を用い傷を取った。この日は3人が着色を終えることができた。
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2021年11月20日(土)6日目
午前中に残り3人の着色を終え、前日に着色が終わっていた作品にウレタンクリアーを吹き付けし色留めの作業を行う。午後、残り3作品にも色留めを行い作業は終了となった。先生から研修についての総評や、作品作りについてのお話を聞かせていただき2年次を終えた。
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第2年次終了
各々に凝ったデザインだったので、この1週間で作品が仕上がるのかとても不安であったが、中川先生の熱心なご指導や研修生の頑張りにより、無事全員が期間内に完成させることができた。なかなか嵌まることのなかった紋金が、先生のちょっとしたアドバイスで嵌まったり、先生の作業や道具を間近で見る経験、何よりも先生のお人柄に触れて感じたことが、研修生にとって今後の制作に何かしら良い影響となったと思う。
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中川衛先生のご自宅に隣接する作業場にて彫金の伝承者養成研修会は行われた。
彫金の中でも特に難易度が高いとされる本象嵌をさらに他の象嵌と組み合わせていく重ね象嵌の技法。限られた時間内で、ほとんどが本象嵌の作業を未経験の受講生たちが習得し品物を完成させるのは素人目にも非常に困難なことに思われた。そんな気がはやってしまいそうな状況の中でも鏨の作りから扱い方、象嵌を行う際に想定される特殊な条件での対処法等も細かく正確に教えていただき、そのおかげで”宿題”として自宅にて彫りを行う際も多少の苦慮はあったが比較的円滑に作業を進められた。課題用の内容だけでなく、今後の制作のために必要となりそうな事に関しての質問に丹念にお答えいただけた事もとても有り難かった。
2年次に本格的な象嵌工程に入ると事前にお聞きしていた通り普段の研修会の規定時間より延長しての作業にはなったものの、最終日までにどうにか受講生6名全員が作品の完成までこぎつくことが出来た。作業の量・難度を鑑みると奇跡的とも感じられる。以前から了知してはいたのだが、先生の制作における計画性の高さに改めて感服させられた。
そして終盤の色付け後に色止めの為の保護剤を付ける前の工程、自身が普段行ってる作業を考えると猶予を取らずに行うことはとてもリスクが高いことに思われた。しかし、先生の作業を見てその心配が杞憂であった事と自分の応用力の不足を思い知らされた。白湯で煮て薬品気を除き、乾燥の為遠火で炙る、なにも特別なことではなく普段の制作中に似たような状況を見ていたはずなのに、完成までの時短やその後の変色の防止に活用できると気づけていなかったのだ。制作において普段通りにいかないこと・今までと違った手法を求められることは多々ある。思考の柔軟さや探求心を忘れずにいることの重要さを教えられた気がした。
研修の中で特に強く印象に残っているのは2年次の初日での出来事だ。
鏨で彫りこんだ形の通りに文金を削り出し、”いざ記念すべき初象嵌”と意気盛んに打ち込んでみたものの、叩いても叩いても象嵌が嵌らない。普段から難しいと聞き及んでいる四分一の象嵌、どうしても手に負えずに手本をみせて頂くことになったのだが先生でさえもかなりの苦戦をされているご様子。手本を参考に2つ目に挑戦してもやはり上手く行かず、一向に嵌らない。全くの進展を見せない作業の中、無下に時間が経つにつれ脳裏には全く象嵌が埋まらずに6日間が過ぎた姿が浮かんでくる。
そこで、1年次に説明を受けていた一つの文金を細かく分け嵌め込む手段に逃げれば希望が見えるのではないかと思い、そのような手を取れないかと先生にご相談したところ、
「やれるし、そのまま一本で入れよう。」
少し冗談めかした笑顔で、そして少年のような無邪気でまっすぐな眼をこちらに向けおっしゃられた。その表情が諦めずに続ければ必ずやりきれると信じて貰えているように感じられ、出だし早々に挫けかけていた自分の心を少しでも期待に応えられるようにと奮い立たせてくれた。
しばらく、成果の上がらない作業が続いたが、力づくで叩いてみたり、端を鏨で細かく伸ばしてみたりとしているうちに徐々に地金の動きや今回の形状で必要な条件が見えてきた。何ヵ所か自力で象嵌を入れられるようになってくると手本時に先生を苦戦させてしまったのは自分の文金の端の形状が良くなかったのだろうとか、ほんの少しだけ象嵌の仕組みが解ってくる。もし、逃げの手を使っていれば生涯”四分一の本象嵌”を習得することは無かったかも知れない。四分一の象嵌を終え、少し簡単になった赤銅や銀の象嵌中、先生の一言の重みを深く実感した。
今回の伝承者養成研修会は6人の受講生にとって、作家としての活動を続けていく上で、技術習得の枠を超えとても大切な機会となったのではないかと感じている。
本当にありがとうございました。
執筆者:研修会助手 前田 真知子(金工部会)
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