「沈金」伝承者養成技術研修会(2017 - 2018 年)

前史雄先生による重要無形文化財
「沈金」の研修会

活動報告

  • 2017年11月13日(月)1日目

    初日、前先生から中国伝来の技術が現在の「沈金」に至るまでの概略が説明された。
    一般的な沈金工程(置目、輪郭彫り、仕上げ彫り、箔置き)と、前大峰先生の緻密な点彫りや、前史雄先生独自の角鑿を用いた作品を、拡大写真を用いて解説された。
    用意された鑿(沈金用の刀を指す)は刃先が指頭形の丸鑿3本(太、中、細)と平鑿1本。先生から鑿の研ぎ方の説明があった。天然合砥を使用し、45度くらいでの角度を保ったまま溝を往復させる。
    まずは9枡に区切られた塗板に、丸鑿で直線(太・中・細)を彫り分けた。鑿運びは手前で、鑿の平坦な部分を手前に向けるほど抵抗は強くなり太い線となる。
    午後、曲線彫りとして稽古に用いられる通称シノブというシダ文様と、他の花の図案を選択し、薄美濃紙に墨書きする。紙を裏返し、水溶きしたチタニウム粉を面相筆で細くなぞる。後に塗板に転写する置目の準備を終えた。置目の利点について、繰り返し使えることや容易に消すことができることも説明された。
    次に、同じような枡目状の塗板に点彫りを行った。丸鑿の平らな面の方向へすくい彫るように米粒状の点を並べた。大中小と点を彫り分けた。

    線彫り練習

  • 2017年11月14日(火)2日目

    準備済みのシノブの図を刷毛で塗板に転写した。茎だけの置目を線彫りした後、葉の部分は感覚で仕上げていく。その時、点彫りから線彫りに連動するような鑿使いとなる。それと、手前に引く彫りに加え、向こう側へ突き上げて彫る動作が加わる。沈金鑿の特長で、葉が鏡面仕上げの落ち着いた彫り味になる。今回、蒟醬技術を習得した受講生が多く、突き彫りに関しては理解しやすかった様子で、主に片手で彫る沈金技法に早く慣れるため練習した。

    研修風景

  • 2017年11月15日(水)3日目

    シノブなどの続きを彫り進める中、先生は他に置目した花の図案の輪郭線を手本彫りされた。その後、受講生は花を細かな点でぼかしながら、思い思いの表現で黙々と仕上げ彫りをした。

    図案を前に側面を彫る

  • 2017年11月16日(木)4日目

    選択したサクラ、ナデシコ、スイセンの花は細かな点彫りで表現し、別にコスリ彫りで仕上げるランなど、進行具合に応じて彫り進めた。
    合間には、コスリ彫り用の平鑿についての説明があった。今回はガラス板に耐水ペーパー#320を置き、その上に鑿を45度くらい手前に倒して引くと刃が付く。輪郭彫りされた内を、鑿で彫る面以外に当らないよう注意しながら擦り取る。

    試作をもとに彫る

  • 2017年11月17日(金)5日目

    花の点彫りも徐々に完成し、金と青金の消粉を用意し、初めての粉入れを行った。漆を乾燥させるための湿箱を湿しておく。ガラス板に朱合漆を適量準備し、鯨ベラと脱脂綿を使って彫り面に摺り込む。ティッシュペーパーで余分な漆を拭き取る。丸めた真綿に金粉を付け、やさしく摺り込んだ後、湿箱に入れる。塗板は1時間を目安に湿箱から出し、余分な粉を拭き取ると彫った部分にだけ金粉が残る。漆黒を背景に金色の文様が際立った。先生は半乾きを確認すると、効果的に粉を少し加えた後、再び湿箱の中で乾燥させた。

  • 2017年11月18日(土)6日目

    仕上げにコスリ彫りを施したランの粉入れを行った。前日の点彫り仕上げとの雰囲気の違いを学び、彫りから粉入れまで一連の工程を体感することができた。
    最終日ということで、前先生の制作の様子が分かるDVDや、昭和初期の前大峰先生のビデオ上映があった。沈金作品集を順に開きながら先生は丁寧に解説された。第1年次の経験を踏まえ、次年度の制作課題となる小箱の展開図をもとに、各自が図案と仕上げ方法などについて準備するよう、宿題が出された。

    沈金作品集を用いての説明

  • 2018年11月12日(月)1日目

    最初に沈金技法を用いて課題の箱を仕上げることを確認した。小箱を仕上げることを確認した。小箱は黒の蠟色地上げされたもの。
    早速、制作課題の準備をしてきた受講生は、自分の考えを先生に伝え、立体である小箱全体の調和を大切にした的確な指導を受けた。技法では前回の研修での彫りを、それぞれの図案に応じて効果的に応用することにした。
    図案の決まった受講生から置目の準備作業に取り掛かった。練習用の塗板に図案を一部転写し、彫り方や雰囲気を確認しながら進めた。
    小箱の角をマスキングシートで保護した。

    素彫り状態で彫り進める

  • 2018年11月13日(火)2日目

    各自の図案に応じて塗板を彫り進め、手応えを掴んだところで小箱を手掛けていった。実際に塗板に粉入れを行うなど、それぞれの手順に沿って進めた。

  • 2018年11月14日(水)3日目

    緊張感のある彫りが続く中、研修所講堂に場所を移し、沈金の所蔵作品である沈金猫文「けはひ」飾筥(前大峰作)と沈金箱「竹叢」(前史雄作)を間近で拝見した。実は第1年次初日に拡大写真を使って解説された作品であり、このタイミングこそ意図したものである。その後、研修所展示室の卒業作品なども見学した。

    沈金作品を熱覧する

  • 2018年11月15日(木)4日目

    小箱の角は彫らないがその際までしっかり鑿を入れることができるのも、輪島沈金をよく理解された確かな塗りであることが判る。
    連日彫りの作業に没頭する中、先生からは点彫りなど、部分的に一度に仕上げないで、全体を進めながら、必要に応じて部分的に手を加えるというコツが示された。
    沈金は粉を入れるまでは素彫りと称される目立たない色の状態で作業するため至って地味であるが、この素彫りこそが沈金の良し悪しを見るのに一番いい状態で、照明を工夫しながら彫っていく。

  • 2018年11月16日(金)5日目

    彫り終えた受講生は、先生による最終確認をしていただいた後に粉入れを行った。金、青金、そして今回は白金の消粉が用意された。また、カーボンブラック粉を使用して色調の変化を試みた。

    先生による粉入れの様子

  • 2018年11月17日(土)6日目

    最終日、目標の完成まで懸命に彫り進めた。彫り上げた作品に粉入れを行い、全員が完成した。図の構成や雰囲気など、それぞれ変化にとんだ作品となった。

    金粉に更に色味を加える

  • 第2年次終了

    ひとつの小箱をこの研修期間内で完成に至るまで漕ぎ付けたのも、受講生の真摯な取り組みと、第1年次より計画的に基本から手解きされた先生のご指導が相俟った結果である。

  • 全体総括

    満足感や反省点、課題などすべてを成果として、「沈金」伝承者養成研修会は感謝の一礼で解散となった。

  • この度の研修会は前先生のご指導のもと、改めて沈金の本質本流に触れられる、またとない機会と思い参加いたしました。
    第一年次は線彫り、点彫り、擦り彫り等の基礎練習から始まりました。地道な作業ですが、この基礎ができていなければ何もできず、大変緊張しながら彫ったのを覚えています。
    第二年次、初日に研修者がそれぞれ持ち寄った小箱の図案にご助言をいただきました。特に空間の取り方についてのお話が印象的でした。
    六人の研修者は分野も活動拠点も異なっていましたが、世代も近く互いの暮らしや仕事等の情報交換も重ね、交流を深めていきました。このような縁に恵まれたことも今回の研修会で得たかけがえのない財産の一つとなりました。
    前先生に順に指導いただきながら、それぞれの作風の異なる図案に応じて、沈金鑿の種類や幅を使い分け、手板に練習を重ねていくのですが、同じ彫りでも図案により表情が変わるのが面白いところです。耳に入ってくる他の方との会話も大変参考になりました。
    猫の毛彫りでは、つい輪郭や細部に囚われ、質感が硬くなってしまうのですが「内側から全体的に絵を描くように」とのご指導をいただき、目から鱗が落ちる思いでした。彫り詰め過ぎず「どう残すか」が大切とのアドバイスもいただきました。沈金は一度仕損じれば消すことも塗り潰すこともできません。本番に際しては、いやが応でも緊張感が高まりましたが、実技の合間に前先生や大峰先生の作品を間近に拝見させていただくなど、先生方のお陰で終始あたたかい雰囲気の中で集中して臨むことが出来ました。
    最終日に金・青金・白金の清粉で色入れを行い、それまでの黒一色の世界から金色華ぐ作品へと変わり、なんとか完成へ至りました。
    前先生をはじめ指導助手の西勝廣先生、水谷内修先生、教室を提供してくださり様々なお心遣いをいただいた輪島漆芸技術研修所様、日本工芸会様及び今回の研修会の関係者の皆様に心より御礼申し上げます。